治療中止
抗がん剤治療中止を伝えるときのコミュニケーション
推奨される対応
抗がん剤治療中止という困難な局面では、患者さんが望むのは 「寄り添いながらも、医師が責任をもって方針を導く姿勢」です。 具体的には、SHARE(Supportive / How / Additional / Reassurance)の4要素に、 Empathic Paternalism(共感的パターナリズム)を加えて意識します。
- Supportive:静かな環境・十分な時間・家族同席の配慮
- How:正直・わかりやすく・丁寧に理由を説明し、質問を促す
- Additional:今後の方針(緩和ケア等)・生活支援・相談先を具体化
- Reassurance:感情を受け止め、希望を維持する言葉を添える
- Empathic Paternalism:思いを尊重しつつ、医療的判断で方向づける (例:心の準備を促す/治療方針の提案/医師自身の感情の言語化)
チェックリストと進め方
チェックリスト(SHARE+EP)
- プライバシーが保たれる静かな場/中断のない時間枠を確保したか
- 「中止を検討する理由」を医学的・生活的観点から具体的に整理したか
- 患者さんの価値観・希望(治療の目標/大切にしたい生活)を確認したか
- 次の支援(緩和ケア・在宅・ソーシャルワーク・相談窓口)を提示できるか
- 共感表現と「伴走」の意思表示を言葉・態度で示せているか
- 医師としての推奨案を、押し付けではなく提案として明確に示したか
進め方(Step 1〜4)
- 予告と合意:「少し難しい話になりますが、正直にご相談してもよろしいですか?」
- 核心の説明:医学的理由とリスク・ベネフィットを簡潔に。図やメモを活用。
- 価値の確認:「何を一番大切にしたいか」「避けたいことは何か」を言語化。
- 提案と選択:共感的パターナリズムで方針案を提示し、質問・再説明・同意へ。
研究の概要(エビデンス)
我が国の通院・入院中のがん患者106名を対象に、「抗がん治療をこれ以上推奨できない」と伝えられてから1週間以上経過した方への 意向調査を実施しました。その結果、9つの構成要素が抽出され、SHAREに加えて Empathic Paternalism(心の準備を促す/医師が方針を決める/医師の感情の表現 等) が新たな要因として明らかになりました。診断後早期に中止へ至った場合ほど、 共感的パターナリズムが望まれやすい傾向が示されています。
Umezawa S, Fujimori M, Matsushima E, Kinoshita H, Uchitomi Y. Preferences of advanced cancer patients for communication on anticancer treatment cessation and the transition to palliative care. Cancer. 2015; 121(23): 4240-4249. doi:10.1002/cncr.29635
患者が望む行動と構成要素


現場で使える会話テンプレート
医師の言葉例(推奨)
- 導入:「体への負担と効果のバランスを考えると、治療の方向性を見直す時期に来ています。」
- 理由説明:「副作用が増え、得られる利益が小さくなっているためです。」
- 価値確認:「これからの時間で大切にしたいことや、避けたいつらさは何でしょうか。」
- 提案:「そのお気持ちを踏まえ、緩和ケアを中心に症状を和らげる方針をご提案します。」
- 伴走宣言:「私たちはこれからも変わらず支えます。困ったときはいつでも連絡してください。」
避けたい表現
- 「もうできることはありません」:絶望感を与える表現
- 「仕方ありません」:共感の欠如として受け取られる
- 一方的な通告(例:「中止します」):説明・合意・選択肢が欠落
まとめと次の行動
治療中止の対話では、SHARE+Empathic Paternalismを土台に、 患者さんの価値観を中心に据えつつ、医師としての推奨を明確に示すことが鍵です。 多職種・家族と連携し、切れ目のないケア(緩和ケア・在宅支援・相談窓口)へ確実につなげてください。
